「そうだ、野々宮神社へいこう。」

いかがお過ごしでしょうか。勝手に特設サイトで「歩んで舞る」の広報をしている佐藤哲至と申します。
これから話す内容は、
「できるなら滋賀の野々宮神社に、直接足を運んでください、お願いします」
という内容です。

「歩んで舞る」というプロジェクトも一日、一日と終わりに近づいています。本当に、さみしい。しかし、痛む足に鞭を打ちながら歩いているOBAIGAにとってはまだまだ、長い日々かもしれません。

また、みなさんの、有形無形のたくさんのご協力のおかげで、直接出会う人や、GPSを見て、会いに来てくれる人など、旅の後半からかなりの盛り上がりを見せ、これからまた、面白いことがたくさん起こりそうな予感がしています。もはや、「歩んで舞る」にかかわる人たちにはファミリー感すら漂っています。

私たちの力が及ばず、クラウドファンディングが目標に達していない部分があり、正直申し上げますと、ここでもう一度、皆さんに、ご協力のお願いを仰がなければならないところでもあります。
奉納舞の実現に向けて、何卒よろしくお願いいたします。

しかし、
しかしです。

今回のプロジェクトは、野々宮神社の宮司さんから頼まれた一言で始まっていることを思い出してみる必要もあると考えています。

「新しい芸術で、この神社に、若い人たちをたくさんよびたい」

OBAIGAは何のために歩いているのか?

この一言の中で、一番重要なのは
「神社にたくさんの人をよびたい」
の部分ではないでしょうか?

すべての行動は、この一言に応えるために、始まっています。
OBAの答えは

「わたしはいくよ、あなたはどう?」

の一言であって、奉納舞という、出来事を作り、人を巻き込みながら、わざわざ歩いていく理由は、その一言に尽きます。

ネットも含めた、道中出会う人々、全員の想いを引き連れて、野々宮神社にたどり着くことで、OBAIGAは若い人が集まらなくて、元気のなくなってしまった神社に、再び若い人が集まるという、宮司さんの「夢」の代理をしているのです。

クラウドファンディングでひと儲けしたいわけではありません。むしろ現状では、めちゃくちゃ赤字です。そして、たとえお金が集まったとしても、4月28日の奉納舞に誰も来なかったら、意味がないんです。

その一心で、OBAは自分が広告塔になることで、人を集め、日々歩いて、ネットラジオを配信しています。
ひょうひょうとしていますが、結構大変に違いありません。
彼らはパフォーマーなので言わないですけど。
配信している時間以外の9割は歩いているだけです。

もちろん、さまざまな事情で行くことができなくて、ネットの中継や映像で参加することで、プロジェクトを盛り上げていただいていること、応援してもらえることには、感謝しかありません!それだけで、十分です。

でも、もし直接OBAをはじめとする、想いに応えたアーティストの奉納舞を「直接」見に行く環境があって、来てもらえたら、あるいは滋賀県出身の友達や親戚など、いけそうな人に、そう呼びかけてもらえたら、こんなにうれしいことはありません。
地元の方々には、お祭り気分でたくさん来てほしいです。
ネット民の方にとっては、オフ会です。

野々宮神社の宮司さんにとって、老若男女の人々がたくさん集い、みんな幸せそうに奉納舞を見ている景色は、今のところはまだ「夢」です。

表現者というのは、人の想像を超えたものを見せたがるものです。

野々宮神社の宮司さんが思い描いたイメージを超えたものを見せてあげようと思うのが、表現者の性です。

私も、OBAIGAの行動にリスペクトの気持ちを込めて、また、想いに応えて茨城から野々宮神社に駆けつけようと思っています。

一人でも多くの人に参加してもらえたら、うれしいです。

そして、皆さん、4/28は滋賀県の野々宮神社でお会いしましょう。

佐藤哲至